2023年5月にスタートした「オレンジページの学校」。これまでに培ってきたレシピづくりのノウハウや料理家とのつながりを最大限に活かしたこの新しい学びの場は、雑誌『オレンジページ』の定期購読の販売管理を行う富士山マガジンサービスとの協働により生まれました。立ち上げにいたった経緯から、出版業界が今後担っていくべき役割まで、富士山マガジンサービスの代表取締役社長・神谷アントニオさんとオレンジページの学校の開発ディレクターを務める戸谷忠史さん、そしてオレンジページの代表取締役社長・立石貴己とオレンジページの学校のプロデューサー・泉 勝彦が語ります。
レッスン動画、電子書籍の読み放題、ウェブコラムの3本柱
—「オレンジページの学校」の概要について教えてください。
泉 勝彦(以下「泉」):オレンジページの学校は、「食や料理が大好きで、いつか仕事にしてみたい」という方をサポートするサブスク型のオンラインスクールです。具体的には、料理のプロを目指したい、副業でオンライン料理教室を開いてみたい、自分のつくったお菓子を売ってみたいという方。あるいは、お金を稼ぐまではいかなくとも、料理をSNSで見てもらいたいから写真の腕を磨いたり、SNSのコツを学んだりしたいという方をターゲットにしています。会員の種別は、月額3300円ですべてのコンテンツを利用できるプレミアム会員と、一部のコンテンツを利用できる無料のメールマガジン会員とがあります。
主なコンテンツは、レッスン動画とオレンジページが発刊している電子書籍の読み放題、会員限定のウェブコラムの3つ。料理動画といえば「絶対失敗しない肉じゃがの作り方の30秒動画」といった手軽なものが一般的かと思いますが、オレンジページの学校では、クロックムッシュの作り方を教える1時間のレッスンや、2時間にわたる料理写真の撮り方のライブレッスンなど見応えのあるものばかり。文字コンテンツも、たとえばアイシングクッキーデザイナーの方にこれまでの経歴を伺うインタビュー記事など、フード系クリエイターの人となりやスキルセットがわかるようなニッチな内容で、ボリュームのある記事が中心になっています。
―社会参画やスモールビジネスをしかけるために、「料理」を起点にさまざまなコンテンツがまとめられているのは、ありそうでなかったユニークなサービスだと感じます。なかには、インプットだけではなくアウトプットするためのプログラムもあると聞きました。
泉:はい。アウトプットの場として、プレミアム会員が参加できる「部活」を始めました。「出版部」「お店部」「アート部」の3つがあり、出版部は、オレンジページの刊行物にレシピを掲載したりと、パブリッシャーとしてのオレンジページが場所を提供するというもの。お店部は、いろいろなところで開催されている外部のフードフェスに出店します。アート部は、小さなギャラリーを借りて、お料理の写真の展覧会を開きたいと考えています。
お料理にかぎらず、学びたい気持ちが一定以上あったとしても、動画を観たり本を読んだりして得た知識を使ってなにかをするのはハードルが高い。でも、3カ月後にお菓子のイベントに出店するといった予定が決まっていれば、そこに向かっていいレシピを開発したい、もっと上手になりたい、おしゃれなパッケージをつくりたいと思うはずです。それが、ひとりではなく部員のみんなでとなれば、さらに頑張れるのではないでしょうか。
—みんなで活動する「部活」が、サブスクであるこのサービスを1段階進化させていると感じます。そもそも、オレンジページの学校を立ち上げるにいたった背景や経緯はどういったものだったのでしょうか?
立石貴己(以下「立石」):オレンジページは定期刊行雑誌である『オレンジページ』をドメインとし、しかもほぼレシピ紹介のみで勝負してきたという、少々特殊な会社です。
近年、紙媒体の売上が下がっていくなかでは、刊行物のジャンルを広げるか、デジタルを含め発信の仕方を変えてくことが必要でした。それでも紙の刊行物がまずまずの売上を保ち、また、若干の出遅れ感もあったので、いざ新規事業を立ち上げようとしたときに、既存のリソースをどう活かしたら新しいビジネスとして市場で勝っていけるか、お客様に支持していただけるかというところがなかなか難しかったのです。やはりオレンジページといえばレシピであり、読者は主婦というイメージが社内外であったので、それをどう転用するかということに10年ほど試行錯誤してきました。
なにか新しいものに進出しなければと思いながらも、なかなかその柱になるものが確立できずにいましたが、2022年5月に泉が入社し新たな視点で会社のリソースを見直してもらったところ、やっぱりドメインはお料理や食だということになりました。プロ志向、セミプロ志向の方に向けたコンテンツというのはそれまでのオレンジページにはないものでしたし、世の中でも希少です。なおかつ、オレンジページにはそのためのノウハウがあり、転用しやすい領域だと思ったので、「じゃあやってみようか」とチャレンジすることにしました。
我々が売っているのは、紙ではなく、情報と信用
―雑誌の未来という意味では富士山マガジンサービスさんも同じような課題を抱えていると思います。あらためて、富士山マガジンサービスさんのサービスや事業についてご紹介いただけますか。
神谷アントニオさん(以下「神谷さん」):当社は2002年の創業以来、雑誌の定期購読の販売管理を行ってきました。我々は当初から、雑誌というものを「情報をパッケージ化して、定期的に流通する媒体」と捉えています。お金を払ってでもその情報を得たい人、つまり読者がやりたいことに対して、我々や出版社さまや広告主さまはいろいろな提案ができるはずだと、雑誌の長期にわたる価値を信じてきました。
雑誌を紙からデジタル雑誌、ウェブメディア、eコマースと広げることで、読者のみなさまの「好き」が「得意」になり、それが「お金」になり、もしかしたら「生業」になる、とステージを進めていけるような道具に進化させていくことが当社のミッションだと考えています。というのも、僕が社長になった昨年、あらためて「雑誌とはなんなのか」を見直したんです。ちょうどその頃、欧米で「生きがい」という言葉がすごく流行っていたんですね。生きがいには「好き→得意→収入になる→必要とされる」と4つのステージがあるらしいんです。自分が好きなことができる社会はすばらしい。そんな社会を目指すことこそが、まさに出版社がやってきたことだと考えました。
戸谷忠史さん(以下「戸谷さん」):オレンジページの学校のように、情報を評価する側にいた読者が、評価される側に回っていくプロセスのなかでアウトプットできる市場をつくっていく。それが、出版社さまと我々が協働して提供していくべきバリューなのだろうと感じています。
―一時期は「これからは紙ではなくデジタルの時代だ」という風潮もあったと思うのですが、最近はそうでなく、各々の役割があるとポジティブな見方がされているのでしょうか?
神谷さん:まず、紙は減っていきます。それはしょうがない。なぜならば、ソーシャルメディアの登場によって、出版が「1対多数」から「みんなで一緒に」という構造に変わったからです。「いいねがつかないコンテンツって本当にいいの?」というくらいに、読者のレスポンスが価値を生む時代になりました。デマやフェイクニュースが簡単に広まってしまう世の中で、我々がいま問われているのは、「なにを信じていいのか」ということだと思います。そして、真実というものがなんなのかというのをキュレートしてきたのは、ほかでもない出版社。紙だけだとそのインタラクションができないがゆえに、出版の価値自体が下がってしまうと思います。
我々が売っているのは、紙ではなく、情報と信用です。そして、読者がその情報を受け取り、活かし方を「学びたい」と思わせることが、出版の新たな仕事だと思います。これもたぶん紙だけだと難しいんですよね。だから、旧来の意味での出版は全体では下がっているけれど、「出版」の解釈を広げれば、市場は爆発的に伸びているんですよ。そこにあふれる情報の多くが信憑性に欠けるなか、出版社の役割は、ここにくれば信用できるコンテンツがある、情報の活かし方がわかる、となることです。
たとえばX(旧Twitter)で“出版”している人のすべてが責任のある情報を発信しているとは限りません。でも出版社が間違うと苦情がきますよね。出版社はその苦情に向き合って訂正したり、説明したりするからこそ、信用に足るコンテンツになっているわけです。
紙からデジタルへのシフトは出版社や我々にとって、より大きな市場を取りにいくための大きな機会です。“信用”がうやむやになっているいま、「責任を持って情報発信するから任せろ!」と言うためのプラットフォームを我々がつくり、そこから発信する情報を出版社のみなさまがつくる。情報を得ることから認定まで、入口から出口までの全部を一緒につくっていけたら、すごく楽しい未来になると僕は思っています。
オレンジページの学校
https://school.orangepage.net/